陰山商会(不動産業)
私の日記 日々の追憶ここは川登パーキングエリア
昨日の雨もあがり、朝からすがすがしい太陽が顔を出していた。山間には霧もなく、空は晴れ渡っていた。
朝から用事で武雄市まで出かけた。長崎自動車道を走ったが、気持ちの良い天気であり、周りの景色があった。用件を済ませ、帰る途中に川登パーキングエリアに立ち寄った。
空は写真のように青空、白い雲がたなびいている。日曜日の今日は、さすがに車も多い。駐車場にはいっぱい車が止まっていた。武雄市は岩山が多く見受けられる。写真でも塔の左側には岩山が岩をむき出しにしている。穏やかな天候で春ののどかさを感じる。
丁度正午になったので昼食をとることにした。ここにはたこ焼の親玉みたいな「ばくだん大王」というお好み焼きか、それともたこ焼か分からないような食べ物がある。その横では鶏肉の炭火焼が売ってある。炭火で焼いている煙とその臭いにつられ、ばくだん大王と鶏肉の炭火焼、二つとも買って食べてしまった。なかなか美味しかったが、ちょっと食べ過ぎてしまったようだ。のんびりと一人で食べて、春の日を浴びながらまた大村へと戻ってきた。今日も穏やかな良い一日のようである。
梅の花とさくらんぼの花
曇りがちの天気は、夕方になって小雨が降りだした。昨日まで晴れていた天気は、やはり長続きはしない。
仕事で松原本町の方へ出かけた。途中橋の架け替え工事が始まっており、回り道であった。松原保育園の側に、私が管理しているアパートがある。そのアパートの明け渡し立会いに来たのである。その後、何軒か訪問したが、そこに枝垂れ梅があった。
梅の花も咲き、もう散りかけている状態であった。ピンクの花は、さぞかし美しかったろうと思う。散った花が、庭に散らばっていた。
この写真はさくらんぼの花である。梅の花が満開なのかと思って近づいたが、ちょっと木が違っていた。さくらんぼの花である。満開の白い花はとてもきれいである。吉野桜よりもさくらんぼの花は咲く時期が早いのだ。
春は、季節の美しい花を咲かせる。写真のような清楚な花から、鮮やかな花まで、幾種類もの花を咲かせていく。これからも、もっと多くの花が咲き乱れることだろう。
感動の一瞬
バンクーバー冬季オリンピック、女子フィギュアスケートで浅田真央選手が銀メダルを獲得した。金メダルの金選手は、素人が見ていても完璧な演技のように見えた。銅メダルは地元カナダのロシェット選手である。
浅田真央選手は最近は不調であった。プレッシャーと焦りと苛立ちとが大きくのしかかっていたのだろう。19歳の彼女が、そのプレッシャーを跳ね除け、国内の予選会もクリヤーしてオリンピック出場権を獲得した。19歳の若い彼女にとっては大変なことだったろうと推測する。そんな不調の中に、素晴らしい滑りを見せてくれた。大変な精神力の持ち主なんだろうと思う。そして、悔しい思いをしながら、相手の健闘を称えあう素晴らしいスポーツマンシップである。
身体を鍛え、精神力をつけて本番に臨む。勿論、技術力が問われる。一瞬のミスも許されない。完璧さを求められる。ジャンプの精度や高さ、スピンのスピード、技術、曲との芸術性、等々いろいろの基準がある。
そんなプレッシャーを跳ね除けた19歳の若者、感動の瞬間をありがとう。
長崎市はランタン祭真っ最中
昨日も、また本日も会議で長崎市へやって来た。今日は曇り、多分雨が降ってくることだろう。今日も昼食を会議場の前にある商業施設の中でとった。この商業施設の入口にはランタンがかけられている。このランタン祭、初めは長崎市新地にある中華街を中心に行われていたものが、今では長崎市の祭となり、多くの観光客を呼んでいる。当初の努力は報われ、長崎市を活性化するイベントとなっているようだ。
長崎市街地を眺め
朝から武雄市へ向かった。晴れの日は数日間続き、穏やかな春の日が感じられる。武雄市での用件を済ませ、会議のため長崎市に向かった。時間は丁度正午、お昼である。会議場の前には商業施設がある。食事にと4階までエレベーターであがった。外は長崎市街が見える。空にはふんわり雲が浮かび、市内は階段状の街並みがある。山に囲まれ、下は長崎港に続く。「坂の長崎石だたみ・・・・」と歌にもあるように、坂が多い長崎市である。最近は大河ドラマ竜馬伝で脚光を浴び、亀山社中等々、竜馬ゆかりの地を訪れる人たちが多いそうである。長崎港には船が行き交う。
今朝東彼杵へ向う
土曜日より晴れの日が続く、朝から母親を病院へ連れて行く。大村インターより進む、左側の景色は海、右側は山、行く手には雲が浮かんでいる。へんてつのない雲はふんわりと浮かび、時折太陽を遮る。
海は大村湾、今朝の海は靄がかかり霞んでいた。山はすっきりと陽の光を受けていた。朝の十分に日が昇っていない時間は靄がまだ晴れないのだろう。同じ太陽の光を受けているのだろうが、低地は日差しが遅いのだ。
人生にも陽の光が平等に当たっているのだろうか?そんな疑問が湧く、幸せと不幸せ、喜びと悲しみ、健康と不健康、等々である。しかし、これが人生、その中で幸せであると感じて努力することに価値があるのだ。全てのことに感謝する心、そこに平等の陽の光が差し込むのだろうと思う。
電柱の脇に菜の花が
今日も晴れ、小春日和といった気候である。空には飛行機雲が二本の筋を引いているのが見える。昨日と違って雲は少し多い。
仕事で出かけた先の近くに目を引いたものがあった。電柱の脇に一株の菜の花が咲いているではないか。黄色の花は、みずみずしく咲いている。やはり春がやって来た。暖かい気候と菜の花、春を象徴する風情である。
今日の言葉から「万物万人すべてに感謝」
昨日は晴れ、そして今日も晴れ、雲ひとつない。しかし風はまだ冷たい。今日は21日、長崎県知事選挙の投票日である。私は期日前の投票を済ませた。長崎県にも若い力の芽生えを期待する。そんな思いで40歳という若い力の候補者に期待を込めて投票してきた。
今日の言葉に、「万物万人すべてに感謝」 (Give thanks to all.) があったのを目にした。この言葉の解説には次のように書いてあった。
この世に無用のものは一つもない。人はもとよりどんなものも、それぞれの役割を持って存在し、お互いの生活をより豊かにするために働いている。そうした万物万人それぞれの働きに感謝するとともに、それらを無駄なくより生かすよう努めていきたい。
仏教には一切衆生という教えがある。生きとし生ける物すべてに感謝し、すべてを大切にする心を養うというのである。確かにすべてのことに感謝することが出来れば素晴らしいことであると思う。しかし、人は頭をもたげれば打たれ、ミスを犯すと批判される。一生懸命している程、その反動は大きいように思う。また、直接の批判ではなくて、陰口で批判されることがことが多い。何と不思議なことではないか?
私もそんな体験が多い。私の批判をしている人たちが今もいると聞く。私も大したものである。話題の人になっているからである。しかし、私はそんなことは聞き流すようにすることにした。ある人が私に教えてくれた。「2・6・2というのは何か分かるか?」というのである。世の中には一つの法則がある。理解をしている人が2割、どうでもいい人が6割、全く分かっていない人が2割だというのである。どんなに一生懸命人のために尽くしても批判をする人は必ずいるのである。気にする方がばかばかしいのだ。
そんなことを考えると、2割・6割の人たちに感謝していけばいいことである。万物万人に感謝できなくてもそれでいいのではないかとも思う。しかし、悪口を言う人たちにも、そのことで私の今まで犯してきた罪が消えていくのなら、それも感謝するべきことなのかもしれない。いろいろと考えさせられる。しかし、万物万人に感謝できるようになりたいものである。即身成仏、仏の心を持ちたいものである。 合掌
内は結婚式、外は選挙戦
今日は親類の結婚式である。すっきりしなかった天気も今日は晴れ、素晴らしい天気である。若いカップルは新しい人生を歩き出す。私も出席して2人を祝福する。
外は長崎県知事選挙の最終日である。中央から色んな議員さんが応援に駆け付ける。街頭では演説のマイクの声が響く。今日は大村駅前で参議院議員で元テレビキャスターだった女性が、40歳の若い候補を応援に駆け付ける。熱い選挙戦は明日投票、そして即日開票である。私は40の若者に託したいと思っている。私は既に期日前の投票を済ませた。
「新婚さんお幸せに!」、「40歳知事候補頑張れ!」






