陰山商会(不動産業)
私の日記 日々の追憶Archive for 3月, 2009
佐渡金山PART2
佐渡金山、江戸幕府の直轄地、天領である。江戸幕府の財政を支えて来た。そのために奉行所が設置された。採掘には多くの人夫を必要とし、奉行所の周辺には多くの人が建てられた。採掘のため、竪穴、横穴が開けられた。排気は非常に悪かったのだろう。短命の人が多かったそうである。
展示室には小判が並ぶ、そして、12.5キログラムの金の延べ棒が写真のように展示してあった。丸い穴があり、そこから腕を入れ、持ち上げようと試みたが、びくともしない。金に縁のない私、欲を出しても出さなくても、少しも動かず、無駄な抵抗であった。
奉行は旗本、佐渡は江戸からは遠いところである。しかし、好んで来たのではないだろうか? と邪気が湧く。奉行は、私服を肥やして江戸へ帰ったのでは? 奉行所を見ると、何となくそんな思いがしたのは事実である。
佐渡、妙宣寺、日蓮宗
両津港から島を横断するように走ると、島の中心部に妙宣寺がある。佐渡島に流された日蓮と関係が深い寺だそうである。この寺の門は茅葺である。階段から見上げる感じがとても良い。
門をくぐると、右側に五重塔が立っている。まだ完成していない部分がある。この五重搭は新潟県で最大のものだそうである。
広い敷地には、写真のような本堂がある。ゆったりとした、静かなお寺は気持ちが良い。何となく心が落ち着く気分である。
境内は、茅葺の家が建ち、きれいな庭園が脇にある。のどかで、厳粛で、静かで、きれいで、心が洗われるようである。
茅葺の建物にお腹には写真のような、大きな大黒柱が座っている。写真でもわかるように、角材で、大きさも想像がつくだろうと思う。 この寺は日蓮宗、外にも日蓮宗の寺で根本寺などがある。日蓮とはゆかりの深いところである。
史跡 佐渡金山
この写真は、国指定史跡「道遊の割戸」という。佐渡金山発見の端緒となった主要鉱脈のひとつ「道遊脈」の露頭堀跡。山頂を真っ二つに立ち割った壮大な採掘跡は佐渡金山の象徴という。
たくさんある坑の中の史跡となっている宗太夫坑へ入った。この佐渡金山は、慶長6年(1601年)、佐渡金山の山向こうの鶴子銀山の山師3人により発見されている。発見された金銀は江戸幕府の財政を支えてきたそうである。そして、この金山は平成元年まで採掘された。採掘されてから388年間、金の量は78トン、銀は2,330トンということであり、国内最大の産出量を誇る金銀山である。
右の写真にある、白い部分が鉱脈だそうである。鉱脈は1枚ではなく、数十メートルから数百メートル離れて何枚もほぼ平行に存在し、その1枚も木の枝のように分かれていたそうである。
佐渡島両津港とトキの森公園
曇り空の中、ジェットホイルは両津港に着岸する。正面には、標高1000メートルを越える山が雪を戴いてそびえている。この山には、航空自衛隊のレーダー基地があるそうだ。天候のせいで写真は暗い。今にも雨になりそうな天気である。
両津港からトキの森公園へ行った。ここは佐渡の中央部にあたる場所、広さは4ヘクタールある。トキは、ニッポニア ニッポンという学名がついている。かつては日本各地で見られたが、明治以降、日本中での数が激減したそうである。そして、1934年に天然記念物、1952年には特別天然記念物、1960年には国際保護鳥に指定されている。
繁殖ゲージに入ったトキがいた。右ははく製のトキ、資料室に展示してある。現在、トキは120余羽いるそうである。国際保護鳥としてのトキの保護に頑張って欲しいものだ。
CF 佐渡の道路標語
交通違反はもうおけさ
美人多し ゆっくり走ろう 佐渡の道
スピード違反はスルメー
シートベルトは締めてアタリメー
スピード違反は10,000円・佐渡ワカメ800円
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