陰山商会(不動産業)
私の日記 日々の追憶Archive for 11 月, 2008
池袋、西部デパートでの展覧会
日本のアイススケート選手は、世界的な活躍が目覚ましい。男女ともに世界のトップレベルである。今、東京池袋の西部デパートでは、選手たちのコスチュームを展示してある。
これは、浅田真央選手の写真とコスチュームである。若い彼女は、日本のトップスケーターであることは誰もが知っていることだろう。
オリンピック金メダリストの荒川静香選手のコスチューム、彼女のイナバウアーは素晴らしいものである。
そして、高橋大輔選手と織田信成選手。男子のトップツーである。織田選手は織田信長の子孫だと聞く。
彼らの繊細で、力強いスケートは観客を魅了する。しかし、その陰には、並々ならぬ努力があるからなのである。ほんの数分間のスケートの演技の中で、もの凄いエレルギーを使い、もの凄いプレッシャーとの戦いでもあるのだろう。だから彼らの演技は、人を魅了するのだろうと思う。
靖国神社の11月
11月、靖国神社は参拝客が足を運ぶ。毎月、戦死者の遺書が掲示されている。
明治天皇の神祗(明治37年)
くにのため 身をかへりみぬ ますらをに
神も力を そへざらめやは
最後の手紙
海軍二等兵曹 ○○○○命
前略
長らくご無沙汰致しましたが、其の後御一同様には御変わりなく御消光の事と遠察致して居ます。
自分も某地に歸着以来は益々元気で軍務に精励いたして居ます故御安心下さい。
今日再び命を受け○○方面に作戦行動致すように成りました。行動中は勝手乍ら御便り出来ませんので其の点御心配なく。
上御一人のためだ・・・・・・全能力を発揮して益々奮闘致します。我々は出動命令を受け任地に向ふ時はこれが最後だと思ひ、直に皆々様に御心配をかける様な気がします。然し何時が最後に成るか解りません。
この便りが父の許につく頃は、もう緑の六甲山も附近の山々も、カ-キ色にそまる頃かと思って居ます。
最後に御一同様の御健康を祈る。
では元気で任地に向ひます。
皆々様も嬉んで送って下さい。
この手紙の主は、昭和17年11月11日、インド洋で戦士をされているとの事である。
このような若い兵士の犠牲によって、今の平和な日本があると思う。世情が少しおかしくなってきた昨今、私達は、今一度彼らの死を無駄にしないようにしたいものである。
政治家が、彼らのような国を守る精神を持っているなら、素晴らしい日本が出来るだろうと思うのだが?
光、ライトアップ、幻想の世界
ある波長の光を当てると光を放つ生糸がこの写真、光の波長でいろんな色がでている。この生糸で作られた服は、どんな風に表現されるのだろう。技術力の進歩は、幻想の世界を作り上げていく。
和歌山県にあるという福定の大イチョウ、ライトアップで金色に浮かび上がっている。最近はいろんなものがライトアップされたり、イルミネーションで飾られたりと、その規模も大きくなっている。東京タワーもその一つである。大掛かりな飾りがたくさんある。これが良いか悪いかは意見の分かれるところだろうが、きれいな、幻想的な世界を作り上げていることには間違いない。
年末近し、浅草界隈
浅草の町、浅草寺から見て、横手や裏には昔ながらの下町の風情がある。花やしき通りや伝法院通りなどがある。写真のように、少し模様替えをしてきれいな町並みが出来ている。少し前は、昔ながらの店構えで、かき氷屋さん等があった。
右下の写真は浅草公会堂前の芸能人の手形、入り口付近の床にある。私は、公会堂でトイレだけ拝借した。右上の写真は前に、夜の浅草を紹介したときのネズミ小僧、夜の町を徘徊しているのかも?
年末にかかると酉の市が始まる。今は、開帳50周年の行事期間、昭和20年の東京大空襲によって浅草寺は焼けてしまった。再築がなされて50年だそうである。そんなこともあって、浅草は大賑わい。仲見世は写真の通りである。
上京すると、子供が近くにいるので、つい浅草にホテルを取ってしまう。もう何十回浅草には来ただろうか? はじめは浅草寺をお参りするだけだったが、今は浅草の町をかなり散策している。ホームレスが多いことも知りえた1つである。浅草は江戸の遊興の町、歌舞伎、お笑い、演芸、ストリップまである。WINGもあり、朝早くから、屋台でビールを飲みながら、競馬の予想をする人たちも多い。
浅草は、人情味のある町なのだろうと思う。人々が、飾ることもなく、普段着で集まってくる。そんな屈託のない、人情のある町を求めて、人々は集まってくるのだろう。
庄内神楽を子供達が舞う
大分での研修会後の懇親会で庄内神楽が披露された。太鼓が打たれ、写真のような装束の男達が、剣を手に舞を舞う。静かな動きから、もの凄く早い動きをする。身体を動かし続け、足腰に負担がかかるだろうと思うほどであった。太鼓も力強く、打ち続けられた。これまた体力が要るだろうと感心してみていた。数十分の間太鼓は打たれ、装束の男達は舞い続けた。素晴らしい舞であり、元気の源でもあった。
舞が終わり、つけていた面を取って挨拶をした男達は、幼い顔の男達であった。中学生と高校生だという。さすがにこんな激しい動きは、年齢を重ねた者では出来ない。子供達が伝統を継承し、立派に庄内神楽を舞っている。こんな姿を見たとき、これからの日本を背負っていく世代に大きな期待を感じる。反面、事件も多い昨今でもある。伝統を継承している子供達のような、歴史や文化を大切にする子供達が増えることを望みたい。今回、子供達に元気を貰ってしまった。
湯布院を通り大分市へ
一昨日、湯布院を通り、大分市へ会議のために仲間と高速道路を走った。高速道路は小雪が降り、左の写真のようにみぞれのような天候であった。右の写真はパーキングエリア、写真のように天候は悪い。この辺は湯布院、高速道路も高所を通るためか、冷たい風も吹く。
大分市に近くなると天候も比較的良くなってきた。写真の道路の上にアーケード風に屋根がある。「これは何だろう?」 ゴルフボールを避けるためのものらしい。近くにゴルフ場があり、下手なゴルファーの打った球を避けるためのものだそうである。「上手にプレーしましょうね!」 しかし、高速道路に屋根があるのも乙なもの、トンネルと違い、天窓の明るさである。このアーチの両サイドには、ロストボールがたくさん見つかるかも?
天候の悪い中を大分市へ、九州全県からの役員の研修が、2時から始まった。夜は懇親会、みんな元気ですね。
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