Archive for 9 月, 2008

沖縄、玉陵

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2000年に世界遺産に登録された玉陵(たま うどぅん)は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改装するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となったそうである。玉陵は首里城の近くにある。墓室は三つに別れ祀られているという。

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木立の中を進むと、5年前に修復されたという番所がある。そしてその手前には玉陵碑が立ち、玉陵碑に記された限られた家族が、墓室の西室に葬られているそうである。

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全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建築物になっている。墓城は2,442㎡という。第二尚氏歴代王国の内、尚泰王(1901年没)、そして尚典王が最後の王として、1920年に没後、玉陵には祀られている。


沖縄、識名園

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識名園(俗にシチナヌウドゥンと呼ぶ)は琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や外国使臣の接待などに利用されたそうである。18世紀の終わりごろに造られている。識名園は首里城の南に位置していることから「南園」とも呼ばれたそうである。

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造園形式は、池の周りを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「回遊式庭園」になっている。識名園の池に浮かぶ島には、中国風あずまやの六角堂や大小のアーチ橋が配され、池の周囲を琉球石灰岩で積みまわすなどの工夫が凝らされている。

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そして、市内を見渡せる展望所からは、海を見ることが出来ないような配置になっている。話を聞くと、那覇市内は高台から何処でも海が見えることから、狭い国土が分るため、外国使臣を迎えた時に、広い国土を印象付けることの配慮があったようである。


沖縄の墓、亀甲墓

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沖縄には亀甲墓がある。写真のような墓だが、上が亀の甲羅のようになっている。下から見ると正面に四角い穴が開いている。そこが納骨堂の入り口になる。そして、その前は広くなっている。先祖様との何かの記念の日には、そこで飲み食いをするのだという。よく見ると、この墓は、女性が寝て、お産の時のように股を開いている姿に似ている。沖縄の亀甲墓は、まさにその通りで、死んだら母親のお腹に帰っていくということの意味のようである。所謂、亀甲墓は女性の性器を模ったものだそうである。

最近は、広い敷地が必要な亀甲墓はほとんどなく、家の形をした祠のようなお墓が多い。もちろん納骨堂を兼ねている。本土のような石塔形のものはほとんど見かけられない。これも、儒教を中心とした沖縄の信仰に由来するようだ。最近は戒名を戴くようだが、以前はそのような習慣はないそうである。

墓も、琉球王朝の下で、大陸や東南アジアなどの影響が大いにあるのだろう。そして、墓も一族が一緒に入り、祀るものではなく、二男、三男は、別に墓を作るのだそうである。


沖縄の空に、島の上に雲が、ふんわりと

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沖縄の空、飛行機から見ると、雲がふんわり浮いている。手が届きそうでもある。

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島の真上に雲がふんわり、写真をよく見ると、雲の陰が島に移っている。あそこは曇り空? 左上の写真、何とも雲までが島の形をしているではないか。

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沖縄本島に近づいた。青いさんご礁の海が見える。やはり、南国沖縄、海は限りなく続き、さんご礁の青い海はとてもきれいである。空港に着くと、やはり沖縄である。蒸し暑さが肌に感じる。しかし、飛行機から見たのどかな雲の風景、陸と雲のコントラスト、中々良いものであった。


琉球踊り

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今、沖縄のホテルで交流会が始まっている。そして、琉球踊りが披露されている。スローテンポの踊りは日本の能を想像する。私は、中国や朝鮮王朝の交流が深い琉球王朝から考えると、琉球踊りは太極拳と似ているようにも思うのだが・・・。


沖縄のホテルにて

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仕事で沖縄にやってきた。今、那覇のホテルから、窓越しに写真を撮った。沖縄の空、雲がふんわりと建物の上に浮かんでいる。やはり、沖縄は暑い、蒸し暑さが身体から汗を吹き出させる。しかし、木陰に入ると別世界のように涼しくなる。ホテルの生け垣には、あちこちとブーゲンビリアの花が咲き、南国を感じさせる。間もなく会議が始まる。今日も遅くなりそうだ。泡盛も待っていることだろう。


ここにも、あそこにも花、花

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川の土手に花が咲き、家庭の庭にも花が咲く。市内のあちこちの庭には花がある。私の通勤途中の庭や川の土手に咲く花を撮影した。

 

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ブロック塀から、石垣からきれいな花が顔を出す。豊かな自然と花を愛する人たちが、家の庭に花を咲かせている。花は人に安らぎを与えてくれる。花のある町は、きっと心優しき人たちが住む町だと思う。忙しさの中で、美しい花が咲いているのを見過ごす人もいるかも知れない。しかし、物言わぬ花は、その美しさの中に、何かを人々に語りかけているようにも思う。


相田みつを氏の言葉から

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理髪店で相田みつを氏の本を見つけた。その中の言葉が写真の言葉である。言葉にあるように、本当に一本道をまっしぐらに、目標に向かって頑張っている人がいるのだろうか? また、昨今の事件を見て思うにだが、いのちの大切さを本当に感じている人がどれだけいるのだろうか? そんな疑問と不安が頭を過ぎる。

太陽の光をいっぱいに浴びて、はつらつとした毎日を送ることが出来、生かされていることに感謝をするならば、生きていることへの感動と、一生懸命生きなければという意識が湧いてくるのではないかと思う。相田みつを氏の言葉には、そんな気持ちがにじみ出ているように思う。


鉢巻山の彼岸花

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大村市野岳町、深沢義太夫が灌漑用水として自費を投じて構築した野岳湖がある。そこから階段を上がっていくと鉢巻山がある。

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階段の脇から彼岸花が写真のように咲いている。今が、彼岸花の旬、満開の時だろう。赤い彼岸花は目にも鮮やかに咲いている。

花は短い命の中、太陽の下で、その美しさを辺りいっぱいに表現している。人々はその姿に感動し癒される。美しいものを美しいと感じる心は、花と同じように美しい。そんな心を育み、子供の教育にも生かしていかなければならないと思う。

彼岸花よ! 精一杯美しく自分を表現しよう!


ここは渋谷、ハチ公前そして109

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渋谷駅前にあるハチ公が何やらたすきをかけている。相変わらず、待ち合わせの場所であるハチ公前には人が多い。渋谷になくてはならないハチ公像かも。

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そして、駅前には若い女性が集まる109ビルがある。109ビルから先へと渋谷街は続く。町には若者が集まり、新副都心線が、また多くの人を運んでくる。渋谷、新宿、池袋、上野、そして六本木、青山、神宮前と人の波は続く。

田舎に住む我々は、人に圧倒され、スピーディな人の歩きや街の変化に圧倒される。しかし、東京の街は、緑がうまく配置され、ビル群の中に緑の癒しがあることがとても良い。


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