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長崎県美術館と小児癌の子供達の絵

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長崎県立美術館、そこに子供達の絵があった。それも小児癌に侵された子供達の絵である。もう亡くなった子供もいるようである。

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これが子供達の絵、その絵にはそれぞれにコメントが書かれている。3歳の女の子のコメントにこんなことが書いてあった。「私は、今までに外に出たことがない。私の夢は、お日様の下で思いっきり遊ぶことです。」 健康なものは、外で遊ぶことが当たり前のこと、生まれてから、病院での生活、外へ出ることさえ出来ない子供の、本当に小さい夢。病気の子は、当たり前のことが当たり前でなく、それが夢だという。私達健康なものは、外で思いっきり走ったり、歩いたりできることに感謝することが必要なのかも知れない。

小さな命が、病が治癒し、外で遊べるようになることを祈りたい。


長崎空港から那覇空港へ

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長崎空港は海上空港である。箕島を開発し、海上空港を造り出した。空港の向かいの小高い丘には、「NAGASAKI」の文字が見える。那覇へは1便が飛んでいる。

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那覇空港には、航空自衛隊、海上自衛隊、陸上自衛隊の3部隊があり、民間と同じ滑走路を利用している。そのためか、那覇空港はとても大きい。

そして、ロビーまでの通路には、写真で見られるように、南国の花がきれいに飾ってある。何とも色彩のある空港である。やはり花があると、明るく感じるし、気持ちが良い。

2階の売店では、かなりのお店が入り、朝早くから夜遅くまで、土産品の販売に活気を感じる。沖縄は観光県、たくさんの観光客は、たくさんの土産を買って帰るのだろう。

今日で沖縄シリーズは終わります。また、明日は新しいことが起こるかも。


沖縄、爆弾池

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斎場御嶽の中に爆弾池なるものがあった。爆弾が投下された場所にくぼみが出来、そこに水が溜まったものだそうである。写真のように円形の池が出来、池の中が黒いのかはわからないが、水が黒く見える。池の直径は5~6m位である。

終戦時、沖縄戦での悲惨さは、ひめゆりの女学生をはじめ、多くの人たちが犠牲者となっている。沖縄の今の平和は、彼らの犠牲の元にあるのだろう。今、沖縄県の人口は、130万人を越えている。団塊の世代の沖縄移住が後を絶たないそうである。しかし、観光産業が主の沖縄県は、若者が働く場所が少なく、若者は県外に出ているようでもある。


沖縄、斎場御嶽

世界遺産「斎場御嶽」(せーふぁーうたき)

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斎場御嶽の碑と御嶽から見た風景である。御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、斎場御嶽は琉球開びゃく伝説にもあらわれる、琉球王国最高の聖地だそうである。沖縄県南城市にある。御嶽の中には6つのイビ(神域)があるそうだが、中でも大庫理・寄満・三庫理は、いずれも首里城内にある部屋と同じ名前を持っているそうだ。当時の首里城とのかかわりを持つと言うことのようである。

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寄満(コインチ)、王府用語で[台所」を意味している。「豊穣の満ち満ちた所」と解釈されている。

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これは三庫理(サングーイ)、二本の鍾乳石と、三角形の空間の突き当たり部分は、それぞれの拝所となっている。私もついでに写真に納まった。

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沖縄には、琉球王朝とかかわりの多い場所がたくさんある。足早に見て回ったが、蒸し暑い沖縄の天候は、さすがに暑かった。しかし、三庫理での私の写真には、後ろから神の光がさしているように見える。自分だけが、そう思うのかもしれないが・・・。


沖縄、中村家住宅

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約280年前の代表的な沖縄の農家である中村家住宅。国の重要文化財の指定を受けている。この中村家住宅は、戦前の沖縄の住宅建築の特色を全て備えている建物だそうである。当時の沖縄の上層農家の生活を知る上にも、貴重な遺構であるということで重要文化財の指定を受けている。

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中村家の先祖賀氏は、今から500年前、忠臣でかつ琉球王国きっての築城家としてもその名をとどめていた。護佐丸(中城城主)が読谷(本島中部)より城を中城に移した時に、共にこの地に移ってきたと伝えられている。

写真の額は中村家に飾ってあったもの。この中村家は、中城城跡に近いところに所在する。


沖縄、中城城跡

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中城城跡(なかぐすくしろあと)は2002年12月2日、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の1つとして世界遺産に登録されている。沖縄は、1972年5月15日に日本に復帰し、すぐに国の史跡に指定されている。

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中城城跡は、標高160mの丘陵地にあり、中城村の西北から北中城村南側にのびていく丘陵の東崖縁を天然の要塞とし、300余もあるとされるグスクの中でも最も遺構が残っているところだそうである。石垣の上からは、西に東シナ海、東に中城湾(太平洋)が望めるようだ。写真は中城湾になる。

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青い海、青い空、そんな中に、はるかな地平線を眺めることが出来、洋上の島々が見渡すことが出来る。きれいな空気が爽やかに、景観の素晴らしさが心を癒してくれる。

今日は私の誕生日、新・私の日記は一年前の誕生日を期に書き始め、一年が経過した。現在は、前向きな楽しい日々を送っている。しかし、1つだけ無性に腹立たしいことがある。どうしても、そのことを払拭できないでいるのだ。修行が足りないことを痛感する。昨日もそのことで無性にイライラしてしまった。誕生日だというのに、まだまだである。これからも前向きな修行が続きそうである。ブログは出来るだけ書き続けたいと思っている。


沖縄、玉陵

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2000年に世界遺産に登録された玉陵(たま うどぅん)は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改装するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となったそうである。玉陵は首里城の近くにある。墓室は三つに別れ祀られているという。

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木立の中を進むと、5年前に修復されたという番所がある。そしてその手前には玉陵碑が立ち、玉陵碑に記された限られた家族が、墓室の西室に葬られているそうである。

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全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建築物になっている。墓城は2,442㎡という。第二尚氏歴代王国の内、尚泰王(1901年没)、そして尚典王が最後の王として、1920年に没後、玉陵には祀られている。


沖縄、識名園

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識名園(俗にシチナヌウドゥンと呼ぶ)は琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や外国使臣の接待などに利用されたそうである。18世紀の終わりごろに造られている。識名園は首里城の南に位置していることから「南園」とも呼ばれたそうである。

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造園形式は、池の周りを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「回遊式庭園」になっている。識名園の池に浮かぶ島には、中国風あずまやの六角堂や大小のアーチ橋が配され、池の周囲を琉球石灰岩で積みまわすなどの工夫が凝らされている。

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そして、市内を見渡せる展望所からは、海を見ることが出来ないような配置になっている。話を聞くと、那覇市内は高台から何処でも海が見えることから、狭い国土が分るため、外国使臣を迎えた時に、広い国土を印象付けることの配慮があったようである。


沖縄の墓、亀甲墓

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沖縄には亀甲墓がある。写真のような墓だが、上が亀の甲羅のようになっている。下から見ると正面に四角い穴が開いている。そこが納骨堂の入り口になる。そして、その前は広くなっている。先祖様との何かの記念の日には、そこで飲み食いをするのだという。よく見ると、この墓は、女性が寝て、お産の時のように股を開いている姿に似ている。沖縄の亀甲墓は、まさにその通りで、死んだら母親のお腹に帰っていくということの意味のようである。所謂、亀甲墓は女性の性器を模ったものだそうである。

最近は、広い敷地が必要な亀甲墓はほとんどなく、家の形をした祠のようなお墓が多い。もちろん納骨堂を兼ねている。本土のような石塔形のものはほとんど見かけられない。これも、儒教を中心とした沖縄の信仰に由来するようだ。最近は戒名を戴くようだが、以前はそのような習慣はないそうである。

墓も、琉球王朝の下で、大陸や東南アジアなどの影響が大いにあるのだろう。そして、墓も一族が一緒に入り、祀るものではなく、二男、三男は、別に墓を作るのだそうである。


沖縄の空に、島の上に雲が、ふんわりと

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沖縄の空、飛行機から見ると、雲がふんわり浮いている。手が届きそうでもある。

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島の真上に雲がふんわり、写真をよく見ると、雲の陰が島に移っている。あそこは曇り空? 左上の写真、何とも雲までが島の形をしているではないか。

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沖縄本島に近づいた。青いさんご礁の海が見える。やはり、南国沖縄、海は限りなく続き、さんご礁の青い海はとてもきれいである。空港に着くと、やはり沖縄である。蒸し暑さが肌に感じる。しかし、飛行機から見たのどかな雲の風景、陸と雲のコントラスト、中々良いものであった。


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