諫早で見たもの、感じたもの

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諫早市の中央公民館の前を通った。母子の青銅の銅像があり、花時計があり、玄関には国旗が掲揚してあった。国旗の掲揚は気持ちの良いものである。

この場所に諫早市の歴史が書いてあった。佐賀藩はもともと龍造寺氏の領国であり、1607年に佐賀鍋島藩が成立した.。諫早市は西郷氏が治めていたが、のちにこの地を龍造寺氏が治め、姓を「諫早」と変えました。諫早家は佐賀藩の「御親類同格」の立場にあり、「佐賀藩諫早領」として藩政の一翼を担いました。しかし、本藩である佐賀藩は財政再建のため、諫早領を取り上げ、佐賀代官所を置き、諫早領に対する政治的、経済的支配を強化したそうです。それによって一揆なども起こり、藩政は支配を強いられて来たようです。



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