心技体
昨日の千秋楽の相撲で、横綱が勝負がついた後、にらみ合いの場面があったようである。今日のニュースを見ていると、横綱審議会がクレームをつけたようである。今までも横綱の問題が取り沙汰されてきた。日本の国技である相撲が、外国人の侵略で変わっているのだろうか? 本来、相撲道や心を教えなければならないことがなされていない。結局、親方衆に問題があるように思う。
最近は、相撲だけでなく、「心」が欠けているようなことが見受けられる。心技体ではなくて、体技心か技体心というか、心が最後に来ているようである。技が上達しても、心が伴わなければ意味がない。心が失われたり、後になることは、結局指導者に「我」があるからだと思う。だから、弟子たちが違った方に向かってしまう。本来、心が先行し、技と二位一体となり、体が伴い、三位一体となるのだと思う。
私は、「中心確立」の想念をもっていろんなことに取り組んでいる。地球上に垂直に立ち、宇宙のエネルギーを体に充電する。所謂、ウルトラマンのようにである。また、社会やいろんな組織の中でも中心確立で、奉仕をする。小さいことに捉われず、いろんな意味で中心を持ち、そしてそれを確たるものにする。人間、成長しなければ価値がない。力があればそれだけ、偉くなればそれだけ、一つのことに精進努力したならそれだけ、心が大きくなくては駄目だと思う。私も、もっと努力しなくては・・・。





